医師と患者の信頼関係の価値を臨床経済的に考える
解説
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少子化の急速な進展や経済基調の長期の停滞などを背景に、我が国の医療システムを取り巻く社会経済は厳しさを増しており、過去の診療報酬改定においても医療提供の生産性向上や医療費用の適正推進に関わる議論が散見している。特に、1回の処方に数億円かかる新薬も臨床導入されており、費用対効果評価などの制度活用も含めて、薬剤などの費用負担のあり方について関心が高まっている。その背景から、世界の政府の多くは長らく、後発薬の普及を促す政策を進めることにより、浮いた医療財源を医師の技術料や小児医療、救急医療の分野に充てる工夫をしてきたのは周知のとおりである。
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この潮流の中で、つい最近、後発薬を選択した患者集団は、臨床予後が良く経済負担も小さいという、やや驚くような、長期縦断のコホート研究が公表されている(JMIR Aging. 2024)。この研究は、メカニズムの複雑さにより通常の臨床試験では困難なテーマに取り組むため、本邦の循環器領域の大規模データベース(5万人)に人工知能(AI)などのデータサイエンスを応用した、リアルワールドの研究デザイに基づいている。その研究結果を要約すると、医薬品(新薬、後発薬)の処方選択には患者の重症度の変位、アドヒアランスの水準、医師と患者の信頼関係が影響を及ぼすことを明らかにしている。
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例えば、後発薬への切り替えと収縮期血圧(OR、0.996、95%CI:0.993〜0.999)、血清クレアチニン値(OR、0.837、95% CI:0.729〜0.962)、AST(GOT)値(OR、0.994、95% CI:0.990〜0.997)、PDCスコア(OR、0.959、95% CI:0.948〜0.970)、およびアドヒアランス・スコア(OR、0.910、95% CI:0.875〜0.947)の変位との間に有意な関連があった。さらに、HbA1c水準および喫煙状態の改善とともに、後発薬の処方割合が増加した(P<.01、P<.001)。また、医師と患者の関係が優れていた集団(51.6±15.2%)は、劣っていた集団(47.7±17.7%)よりも後発品の処方率が有意に高かった(P<.001)。
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以上の知見は、医薬品自体の効能効果を論じている訳ではなく、医師と患者の信頼関係が強固であれば、後発薬を積極的に処方できるうえ、服薬コンプライアンスも改善し、結果として、臨床成績の向上と医療費用の軽減が促される機序を明らかにしたと解釈される。すなわち、信頼を築きながら重篤な病気を軽減することは、臨床経済的な成果の向上につながると結論づけられる。このような研究は一見地味ではあるが、日頃から患者を丁寧に診る多くの臨床医の努力の一端を見える化できると推察される。医療経済的な課題が散見する昨今の動向を踏まえると、今後はさらなるエビデンスの蓄積が望まれる。
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